『今昔物語集』に伝わる長岡京【棄都された長岡京に蠢く怪異!!】

伝えられる長岡京の時代

平安時代。

三条天皇が在位していた時期。

三条天皇の在位期間は、寛弘8(1011)年6月13日から長和5(1016)年1月29日の4年半ほどの期間である。

伝えられる長岡京の話

怪異譚。

物の怪「惑わし神」に下級役人が騙される話。

伝えられる長岡京の内容

長岡京が棄都された後、平安時代の山城国乙訓郡で起こった怪異現象について『今昔物語集』に、とある物語が遺されている。

それは三条天皇の御代のこと。左京職勤務の国利延(邦利延)が、三条天皇の石清水八幡宮への参詣に供奉するおりの話である。

利延は、三条天皇の行幸に供奉し、九条の地で待機しようと出かけた。

しかし、どこをどう歩いたのか京内から離れた洛外の乙訓郡長岡郷寺戸(現在の京都府向日市寺戸町)まで行ってしまう。

そこで、その近辺にいた人々から、

『此ノ邊ニハ迷ハシ神有』

(『日本古典文學大系25 今昔物語集四』山田孝雄 山田忠雄 山田英雄 山田俊雄 校注 岩波書店)

と注意を受ける。

「惑わし神」が出ると聞いた利延は、先を急ぐが、そのうちに日も暮れてしまい、石清水八幡宮へ通じる山崎の渡しにも辿り着けず、仕方なく小畑川の川べりを歩いて戻ろうとした。

ところが、小畑川の川べりを歩いているはずが、気が付けば寺戸の崖を知らず知らずで夢中になって登ってしまっていた。 このため小畑川に戻ろうと進んでいるうちに、今度は、桂川に突き当たったりして、道を見失い彷徨って体力を激しく消耗するばかりであった。

長岡京の惑わし神

人に道を尋ねようにも、既に日は落ちて漆黒の闇が支配する夜となってしまい、辺りには誰ひとりとして人影もない。

困り果てた利延は、寺戸の板屋堂の軒下で野宿して、心細い思いで、一夜を過ごし、朝を待って、ようやく戻ることが出来た、と言う。

利延が一夜を過ごした「板屋堂」とは寺院のことを指している。

平安時代の長岡郷寺戸、もしくは、その近辺の地域にあった寺院は、願徳寺宝菩提院・長岡寺・鶏冠井廃寺・願成寺・泉福寺・吉備寺で、これらのうちのいずれかの寺院の軒下で、一夜を過ごしたと推測される。

当時の長岡古京の荒涼とした雰囲気が伝わる物語である。

伝えられる伝承の実際

この『今昔物語集』に伝わる長岡京の話は、実は矛盾している。

それは主として「地理的」な矛盾である。

小畑川の川べりを歩いていて山城国乙訓郡長岡郷寺戸の崖を登るのは、方角的には、「西から東」あるいは「南から北」へ向かっていることになる。

小畑川沿いにある崖とは、長岡(向日丘陵)しか存在しない。

そこから桂川に突き当たると言うことは、既に長岡、即ち、寺戸を抜けていることを意味する。そのまま桂川を渡れば、目指す平安京である。

にも関わらず、『今昔物語集』では、桂川へ抜けた後に何故かまた小畑川へ逆戻りする道筋を正しい順路としている。ここに矛盾がある。

この説話の主人公である国利延(邦利延)が、人並外れたとんでもないスケールの方向音痴と言う可能性も考えられるが…。

もしかすると、この「惑わし神」について『今昔物語集』に記した作者の筆自体が惑わし神に憑かれて迷ってしまったのかも知れない。

伝えられた長岡京の姿

『今昔物語集』には、11世紀初め頃の長岡京の姿が描かれている。

長岡京が廃されてから200年以上経過した土地の荒れた様が目に浮かぶようである。

そこに描かれた長岡京の姿は、数キロ先の平安京にさえ、まともに辿り着く道も整備されていないような世間から打ち捨てられた様子である。

しかも、山城国乙訓郡にある寺院も「板屋堂」であり、それは伽藍を構えるような寺院では無く、掘っ立て小屋のようなお堂しか無いような有様であったことが窺える。

また、人家も少なく夕暮れ以降は人の外出も無かったことが判る。

この時代の最大の著名人と言えば、藤原道長が挙げられる。

まさに、平安オブ平安時代とも言える摂関政治の黄金期に当たる。

『源氏物語』に代表されるような所謂「王朝文化」なるものの全盛期に、長岡京のあった山城国乙訓郡は「王朝文化」の欠片も及ばない、物の怪に恐れおののく暗黒のみすぼらしく荒涼とした世界だったのである。

少なくとも都人からはそう見られていた土地であった。

「惑わし神」所縁の地への行き方

「惑わし神」が出現する具体的な場所は不明であるが、小畑川と長岡(向日丘陵)との標高差を実感出来る場所がある。

それは、京都府向日市にある府営向日台団地周辺である。

府営向日台団地は、名神高速道路建設用の盛り土採取のために掘削された長岡(向日丘陵)の窪地に出来た人工の平地に建設されたもので長岡(向日丘陵)との標高差が実感出来る。

現地には京都向日町競輪の開催時にのみ使用可能な駐車場がある。

公共交通機関

鉄道

阪急京都線「東向日駅」西口から徒歩25分。
JR京都線「向日町駅」から徒歩40分。

「東向日駅」は、準急・普通のみしか停車しない。「向日町駅」は、快速・普通のみしか停車しない。

バス

阪急バス「向日台団地前」バス停から徒歩1分。

阪急京都線「東向日駅」から63・64・66・80の各系統のバスを利用(1時間に1本程度の運行)。JR京都線「長岡京駅」から阪急バス80系統を利用(2時間に1本程度の運行)。