山背国乙訓郡【知る人ぞ知る日本史の宝庫!】

山背国乙訓郡について

【表記】 山背国乙訓郡
【読み】 やましろのくにおとくにぐん

山背国乙訓郡とは

山背国(後の山城国)に置かれた郡のこと。

山背国乙訓郡
(山背国乙訓郡)

京都盆地の西端に位置する極めて狭隘な土地である。

狭隘な土地にも関わらず人民が集った背景として、現在の京都市中心部(上京区・下京区)周辺は、平安時代以前は泥湿地帯で住居の建設や田畑の耕作には不適であり、古代の山背国(後の山城国)は、むしろ京都盆地の周縁部の方に人民が集まり、そこに権力が生じた事情がある。

乙訓の地名については、その由来となる説話が『日本書紀』『古事記』に残されている。

なお、乙訓の読みは「オトクニ」であるが、『倭名類聚抄』(高山寺本)には「オタキ」と言うフリガナが打たれている。

このことから、愛宕郡、もしくは、葛野郡から分置されたのが乙訓郡であろうと考えられる。

つまり、愛宕郡か葛野郡のいずれかを「兄国」として、そこから分かれて成立し置かれたので「弟国(乙訓)」とするものである。

継体天皇12(518)年に、継体天皇が弟国宮を置いている。これで、古墳時代末期頃までには、弟国(乙訓)と言う地名が成立し存在していたと見られる。

藤原京跡から出土した木簡に「弟国評」の記述があったことから、藤原京時代、即ち、7世紀後半には史料に裏付けされた上で、弟国(乙訓)の存在が確実視されるのである。

弟国評から乙訓郡への移行時期は不明であるが、大宝2(702)年に、乙訓郡内の火雷神を官社とした旨の記述が『続日本紀』に見られる。そこから大宝元(701)年の『大宝令』の実施時期に弟国評から乙訓郡へと移行したものと考えられる。

乙訓郡内には、11の郷があった(『倭名類聚抄』)。

上記画像の郷名でカッコ内に表記されている郷名は、11郷の内で郷名が史料に残されるものの、その正確な位置は不明となっている。

位置が不明な郷は3郷あり、その3郷とは石川郷(2ヶ所が該当)・長井郷(永井郷)・榎本郷の3郷(実質4郷)である。

ただし、位置が正確に判明する郷との関係から、3郷(実質4郷)の位置もほぼ特定されている。

都が平安京に遷都すると、乙訓郡は大いに廃れて行く。

そして、乙訓郡全体としては、京の有力社寺、及び、貴族の荘園として農地化が進む。同時に鞆岡(現在の長岡京市)には獄舎が設置され京内の犯罪人が収監されていた。

山背国乙訓郡の各郷と現在の自治体比較

山背国乙訓郡長岡

山背国乙訓郡長岡
(山背国乙訓郡長岡)

【郷名】 山背国乙訓郡長岡郷
【自治体名】 向日市向日町・鶏冠井・寺戸

式内社と古代寺院

【式内社】 向神社(式内小社)
【寺院】 宝菩提院(長岡寺)・吉備廃寺

山背国乙訓郡物集

山背国乙訓郡物集
(山背国乙訓郡物集)

【郷名】 山背国乙訓郡物集郷
【自治体名】 向日市物集女

式内社と古代寺院

【式内社】 該当なし
【寺院】 該当なし

山背国乙訓郡鞆岡

山背国乙訓郡鞆岡
(山背国乙訓郡鞆岡)

【郷名】 山背国乙訓郡鞆岡郷
【自治体名】 長岡京市友岡

式内社と古代寺院

【式内社】 神足神社(式内小社)
【寺院】 鞆岡廃寺・紀廃寺(木廃寺)

山背国乙訓郡長井(永井)

山背国乙訓郡長井・永井
(山背国乙訓郡長井)

【郷名】 山背国乙訓郡長井郷(永井郷)
【自治体名】 長岡京市粟生・長法寺

式内社と古代寺院

【式内社】 乙訓神社(式内大社)
【寺院】 乙訓寺

山背国乙訓郡石川

山背国乙訓郡石川
(山背国乙訓郡石川)

【郷名】 山背国乙訓郡石川郷
【自治体名】 長岡京市奥海印寺

式内社と古代寺院

【式内社】 走田神社(式内小社)・御谷神社(式内小社)
【寺院】 伊賀廃寺

※豪族の氏を冠した寺院は私寺と考えられる。そうなると、長岡京時代の創建は難しいと考えられることから平安時代以降に創建された可能性が高い。

山背国乙訓郡山崎

山背国乙訓郡山崎
(山背国乙訓郡山崎郷)

【郷名】 山背国乙訓郡山崎郷
【自治体名】 大山崎町

式内社と古代寺院

【式内社】 小倉神社(式内大社)・酒解神社(式内大社)
【寺院】 山崎廃寺・山崎院

山背国乙訓郡石作

山背国乙訓郡石作
(山背国乙訓郡石作)

【郷名】 山背国乙訓郡石作郷
【自治体名】 京都市西京区大原野

式内社と古代寺院

【式内社】 入野神社(式内小社)・大原野神社(式外社)・大歳神社(式内大社)・石作神社(式内小社)
【寺院】 南春日廃寺・石作寺・大原寺・金蔵寺

山背国乙訓郡大江

山背国乙訓郡大江
(山背国乙訓郡大江)

【郷名】 山背国乙訓郡大江郷
【自治体名】 京都市西京区大枝

式内社と古代寺院

【式内社】 大井神社(式内小社)
【寺院】 該当なし

山背国乙訓郡訓世

山背国乙訓郡訓世
(山背国乙訓郡訓世)

【郷名】 山背国乙訓郡訓世郷
【自治体名】 京都市南区上久世・中久世・下久世

式内社と古代寺院

【式内社】 国中神社(式内小社)・簀原神社(式内小社)・茨田神社(式内小社)
【寺院】 該当なし

山背国乙訓郡石川

山背国乙訓郡石川
(山背国乙訓郡石川)

【郷名】 山背国乙訓郡石川郷
【自治体名】 京都市伏見区久我

式内社と古代寺院

【式内社】 久我神社(式内小社)・神川神社(式内小社)
【寺院】 該当なし

山背国乙訓郡羽束

山背国乙訓郡羽束
(山背国乙訓郡羽束)

【郷名】 山背国乙訓郡羽束郷
【自治体名】 京都市伏見区羽束師

式内社と古代寺院

【式内社】 羽束師神社(式内大社)
【寺院】 川原寺

山背国乙訓郡榎本

山背国乙訓郡榎本
(山背国乙訓郡榎本)

【郷名】 山背国乙訓郡榎本郷
【自治体名】 京都市伏見区淀

式内社と古代寺院

【式内社】 与杼神社(式内小社)
【寺院】 該当なし

山背国乙訓郡の年表

年表
  • 継体天皇12(518)年
    3月9日
    継体天皇、弟国宮に遷都する。
  • 大宝2(702)年
    7月8日
    山背国乙訓郡の火雷神を官社とする。